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高志の国・福井のとある牛飼いの日誌.内容は酪農のことだけでなく日々の徒然なる日常を書いています


by s-t-day
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薬師如来鎮座跡碑

あわら市舟津のファミリーマート駐車場の北の坂道沿いの大木の根元に薬師如来鎮座跡碑なるものがある。地図
いったい何なんだろう?と思い、調べたところ
 『碑の建っている所は、薬師如来を安置した「王子堂」(おこんどう)と呼ばれいたお堂のあったところである。昔の人はこの辺りの高台を名太礼山といい、坂道を王子堂坂と言っていて、特別の思いを寄せていた。
王子堂についてはこんな伝説がある。鎌倉時代初期の承久の変により、隠岐の島に流された後鳥羽上皇が、ある時、妃と共に舟で島から脱出し、流れ着いたのが三国の崎浦だった。上皇はしばらくこの地にお住まいになっていたが、お妃がご懐妊になったので、安産祈願で有名な横垣の宮王山観世音にお参りに出かけられた。そして、お妃は宮王山にて無事に王子をご出産された。その後、お妃と王子は都に上ることになったが、その途中、名太礼山辺りにさしかかった時、王子が急に亡くなられてしまった。そこでこの地に埋葬し祠を建てた。これが王子の堂、つまり王子堂である。
そして、いつの頃よりか、薬師如来を祀って人々の信仰を集めるようになった。毎月8日の薬師如来の縁日には、お堂の参道に50提もの提灯が飾られ多くの人で賑わったという。また、芦原温泉が見つかってからは、舟津温泉の守護仏として、参詣が盛んになった。しかし、明治39年神社合祀令によって、王子堂は舟津・春日神社境内に合祀され名実共に消滅した。その後、王子堂跡に小さな丸い石の碑が建てられたが、これを工事で壊したところ、不幸が続いたので、改めて現存の碑を建てたとのことである。この碑の道を挟んで向かいに後に新しく王子堂が建てられた。』(ふるさと芦原町碑探訪より)
とのことだった。なんともすごい歴史があるものだと、驚いた。なぜこれを観光資源にしないのか不思議でならない。

遠望
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新しい王子堂
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by s-t-day | 2005-10-16 22:38 | 徒然